スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

みんな、ありがとう

いよいよやってきた緒方の引退試合。8回表の守備、裏の打席でのスリーベース、そして本塁突入。全力で、全身で、がむしゃらに野球をする、最後の瞬間まで全く変わることのない緒方の姿がありました。試合後に緒方は「カープのユニフォームを着て23年間、野球をできたことを本当に誇りに思います。」と言いました。私たちも、カープファンとしてあなたを応援できたことを誇りに思います。ほんとうに、ありがとう、ありがとう。ふとしたときに口をついて出る「おがた~お~が~たおがた~」のファンファーレ、またみんなで合唱したいです。これからもずっとカープと一緒に歩いてくださいね。

そして、緒方の他にも去っていく選手達がいます。
吉田圭。3年前初めて一軍に上がって確か3安打ほどしたと思います。そのとき「これで一軍のレベルを知って精進して、次上がってくるときはレギュラー取りに来いよ!」と思ったのですが・・・。残念です。
比嘉寿光。ハマスタでバックスクリーンに打った初打席初ホームラン、ありありと思い出せます。そのときは入団当時の「この人はスターになれる!」という予感が予感じゃなくなった気がしました。花が咲かなかったのが残念でなりません。
牧野塁。勝ち試合負け試合を問わず良く投げてくれました。35歳とはいえまだストレートは生きてますし、どこか欲しがる球団ないですかね。
尾形佳紀。初めて知ったのは、佳紀がまだホンダにいたとき。野球小僧という雑誌で「はしれ、オガタ!」という特集記事があって、大ケガを乗り越えてきたその選手がすっかり気に入ってしまいました。プロ志望ということだったので、「カープに入ってくれないかな~」と思っていたらその年のドラフトでカープが交渉権獲得。バッティングに関しては紛れもない天才で、2005年前半の佳紀は最高に輝いていました。ただ、ケガがどこまでもつきまとう。あの西武戦、ラジオで聞いていましたが、アナウンサーが伝える佳紀の様子にどんどん血の気が引きました。それ以来一軍でホームランを放ったこともありましたが、完全復活にはほど遠かった。あの真似できない鋭いバッティングも、ちょっと危なっかしい守備も、足のことなど気にせず飛ばす俊足も、ずっと、ずっと覚えています。今日、最後に佳紀の応援歌を歌いました。行くぜ 佳紀 新たな境地へ

最後に、マーティー・ブラウン監督。4年間、ありがとう。崩壊状態だった中継ぎ陣の整備を初めとしたチーム防御率の改善、東出の復活・成長、若手選手の底上げとチーム作りの手腕はなかなかだったと思います。Aクラスという目標が達成できなかった以上足りないものがあったのは確かなのですが、できればマーティーと一緒にクライマックス行きたかったです。
マーティーが指揮を執っている期間にファン層が広がり、カープファンがかなり増えた気がします。ベース投げはこれからもカープファンの間で語り草になるでしょう。

バタバタとお別れが続くこの季節は何回経験してもなかなか慣れません。みんな、ありがとう。


コメント

新聞に戦力外の文字見れば心づくしの秋は来にけり    紫苑

応援おつかれさまでした。

センター緒方選手と巨人木村選手の

キャッチボールは野球の美しさのひとつの凝縮。

みんな、さようなら。

またいつかどこかで

>>ク・ネスさん

どーもです。
打った瞬間にそれとわかる、緒方がゆっくり落下地点に行き、捕球体勢に入り、ボールをグラブに収めるまでをみんなが目に焼き付けるにふさわしいセンターフライでした。キムタクほんとにGJです。
長くも短くもカープに関わった人たちに、これからも幸あれ。

コメントの投稿




URL:

Comment:

Pass:

 管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。