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何もできない自分に耐えること。

3日が過ぎてパニックが多少落ち着いた後、自分の胸にできた傷が思った以上に大きいことに気づいて少し呆然としています。
思えば、阪神大震災の時は一応物心はついていたものの事態の大きさを把握できる年齢ではなかったし、9・11やスマトラ沖地震もショッキングな出来事でしたが、国外ことでリアリティが薄かった。
ここまでの事が現実に起こりうるのだということを叩きつけられて、そして自分がそれに対してなにもできないということを思い知らされて、パニックは去ってもこのショックはいつまでも消えないと思います。

被災された方の苦しみ、これは私たちには絶対に分からない。
ただ、全く被害がない、もしくは軽微な被害しかない私たちの心にも傷を与えるのが大災害なのだということが今回初めて分かりました。
人生では、自分を必要としてくれる人がいて、その人のために自分の力を使えることがかなり大きな「幸せ」のウエイトを占めていると思います。家族も、仕事も、大元を突き詰めればそのための機能です。
だから、苦しんでいる人がいるのにそのためになにもできないことが、こんなにも苦しい。苦しみを分かち合うことも、物質的な援助をすることもできない。祈りや願いさえ無力に思える。
でも今は、それに耐えるしかない。何もできない状況に、何もできない自分に耐える。
そして、被災地の方々が立ち上がろうとするとき、何か私たちの力が必要だと言ってくれることがあれば、ほんの少しの力添えをする。私にその機会が回ってくるのは、一月後、一年後、ひょっとすると十年後かもしれない。そのときまで、この気持ちを持ち続けていること。それが、今の私にできる唯一のことなのかもしれません。



コメント

異様に永く感じた一週間。

被災地で、
「やっと夜が明けた・・・」、「夜が明けても・・・」と呟く婆ちゃん達、
同じ被災者で、同じ立場、境遇の、若い衆達。
君たちは、婆ちゃん達へ、かける「言葉」があるかい?
おいらには・・・。



交代ごうたいで被災現場に赴くTVスタッフども。
報道人としての使命だか知らないが、貴様らがやっている事に、後ろめたさはないのか?
暖かそうな防寒着に身を包み「不幸」の断片を切り取る作業に精を出す。
見せるのは共犯者を増やすため?
率先して節電をしろよ、しないのか、年度末だし売り上げは高いに越したことはない。
銀行(金貸し、集めた金を損をしないように他者へ用立てる、どこから見ても「詐欺師」)に
痛いところ、尻尾を、つかまれてしまったか?



余りモノを差し出すのも良かろう、無いよりは・・・・
しかし、この非常時に余りモノが役に立つだろうか????
かの地にはお年寄りも居る。
そして生まれたばかりの赤ちゃんだって・・・・
居るのだ、居る筈だ。

余りモノを手放しただけで、いい気分になって、
それでハイお終いにしてはならない、終いにできるわけもない。

普通の日本人、大和の民ならば、
幸運にも生きながらえれば、未曾有の不幸を胸に刻み、学習をする。
それが使命なのだと、知恵を蓄え実践し、未来の不幸に真っ向、立ち向かう。

顧みれば、旗を振り笛を吹き誘導してくれる人がいない。
効率の良いシステムを確立していない。
現在その立場にある者達は、大和の心を待った人でないように感じて仕方がない。

正真正銘、大和の心を持った指導者の出現を、正義の心根を持った大勢の人が待っている。
「心」はある、それをつなぐ「鎖(連)」がない、「和」を育む土壌がない。



茶番は見飽きた。
その場しのぎの言葉は聞き飽きた。

婆ちゃん、寒かろう。
けれど、まだ「七日しか」我慢していないんだよ・・・・って
おいらもペテン師だ。


>>なにわ東洋カープさん

確かに今の状況についていろいろ思うところもありますが。
その状況を作り上げている構成分子の一つが自分である以上、あいつはだめだ、こいつもだめだ、いまの日本はだめだ、と言い募る気にはどうしてもなれないのです。自分だってそんなダメな人間の一人ですから。
ただ、一人の英雄がぐんぐん引っ張っていく社会よりも、ちょっとずつダメな人間たちが集まって、いっぱい間違えながら作っていく社会の方が私は好きです。待つのではなく、自分たちで作る。
今回の大災害で受けた大きすぎる傷とつらい経験、人々の中に呼び覚まされた気持ち、それを生かすこと、忘れないこと。この3月を日本で過ごしたふつうの人たちのこころに全てかかっているのでしょう。

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