スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

病気と生きるということ

去年の秋に発病して、通常の生活ができなくなってしばらくは、一刻も早くもとに戻ることしか考えていませんでした。少しでも調子が良くなると無理をして歩き、参考書を引っぱり出して勉強をする。毎日そういうことを積み重ねていけば、元に戻れると思いこんでいました。しかし、私の病気のやっかいなところは、体調が一定しないこと。散歩したいな、と思うほど調子のいい日もあれば、起き上がるのがつらい日もある。また、半月ほどかけてだんだん調子が良くなって、「このまま元気になるかも」と思った矢先に熱を出して、自力でトイレに行けないところからやり直し、ということもここ半年で3回ほどありました。そのたびに「なんでこうなるんだ」という思いでいっぱいになり、情けなくてしょうがありませんでした。

いくら努力しても、積み上げても何も変わらない。そんな状況に嫌気がさして、先日こんなことを書きましたが、それからずっと悩んでました。少しでも無理をすると強烈なしっぺ返しがやってくるし、体調の変動が激しいので、毎日継続して運動をしたり勉強をしたりもできない。それでも、そんな状況に甘んじて何もすることなくただ無為に日を送るのはやっぱり耐えられない。

悩んで悩んで、とりあえず見つけた結論のようなものは、「自分の今」をしっかり生きること。言い方を変えれば、いつになるか分からない先のことよりも、今自分がしたいことや体の声を優先すること。例えば、調子のいい日は、体力を付けて早く元気になるためではなく、外の空気を吸って、木や花を観察するために庭を歩く。いつのことになるか分からない受験よりも、今興味のあること、知りたいことを優先して勉強する。そして、調子が悪くて何もできない日は体の言うことを聴いて素直に休む。気持ちの持ち方の問題だとは思いますが、こういうふうに考えるとだいぶん楽になりました。

早く元気になりたい、なんで自分は病気なんだと足掻くことも、どうせなにもできないんだと絶望して投げやりになるのもつらい。今の自分を受け入れて、その中でその日、その日にできることをできる範囲で楽しみながらやっていく。何もできない日は何もしない。できない自分を責めるより、病気を恨むより、そのほうが生きている実感が持てる気がします。


コメント

No title

よかった。

>クネス14さん

今までは元気になることしか考えていませんでしたが、いつ治るか分からない状況でそれを続けるのは負担が大きすぎたみたいです。
今回しっかり悩んだことで気持ちの切り替えができました。
心配してくださってありがとうございました。

コメントの投稿




URL:

Comment:

Pass:

 管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。